病医院の自計化支援

『TKC会報平成29年7月号からの転載
医業座談会

病医院の自計化を通じて院長の悩み解決と経営の発展に貢献しよう!


■とき:平成29年5月30日㈫ ■ところ:TKC東京本社

医業・会計システム研究会では、全国会運動方針である自計化推進の一環として、関与先医療機関へのMXシリーズ導入1万2000件(2018年末まで)という目標を設定し、その達成を目指している。現在、医会研会員全体の自計化率は約3割という状況だが、その中で自計化率が7割〜9割という3名の会員が集まり、システム導入や事務所経営などについて語り合った。司会は同研究会の佐藤雅紀副代表幹事が務めた。

写真左から税理士法人 岩崎会計 加藤潤一会員(九州会)、司会/TKC全国会医業・会計システム研究会 副代表幹事 佐藤雅紀会員(西東京山梨会)、税理士法人 植松会計事務所 植松知幸会員(東北会)、ネットワーク渡辺税理士法人 渡辺貴之会員(東京都心会)

院長の話をよく聞き悩み事の解決策として自計化を提案

── 本日は、関与先医療機関の自計化率が特に高い事務所の医会研会員にお集まりいただきました。自己紹介と事務所の自計化推進状況をお聞かせください。

植松 東北会宮城県支部の植松知幸です。総関与先数は約400件で、そのうち医療関係は62件、全体の約15%です。
自計化率は全体で約81%、医療機関に限れば95%となっています。

渡辺 ネットワーク渡辺税理士法人の副所長を務めております、東京都心会の渡辺貴之です。
当事務所は医科、歯科に特化しており、約400件のお客さまの9割を占めます。さらにその7割が歯科というのが一番の特徴です。全体の自計化率は約7割です。

加藤 税理士法人岩崎会計社員税理士の加藤潤一です。所属は九州会北九州支部です。
当事務所の関与先数は211件で、そのうち医療機関は32件、約15%です。自計化率は関与先全体も医療機関もほぼ同じで、約85%です。

── 現在、医会研会員の関与先医療機関へのMXシリーズ導入割合が約32%ということを考えると、皆さん非常に高い自計化率です。どのように推進されているのですか。

植松 当事務所では、まず一般企業のお客さまから自計化を進め、その後医療機関への自計化に取り組むという流れでした。最初は医療機関の自計化に対して不安もあったのですが、一般企業の自計化が進むにつれて「自計化が当たり前」という雰囲気が事務所内に醸成されてきたのです。
そして、新規開業あるいは他の会計事務所から移りたいというクリニック等をご紹介いただいた場合には、院長先生に「顧問契約の際はMX2という会計ソフトを導入していただいております」とまずお伝えすることで、自計化を推進してきました。

加藤 当事務所も記帳代行を一切受けない方針なので、院長先生とお会いした時には最初にそのことをお伝えします。その上で「私が毎月必ずお伺いして、経営のアドバイスをさせていただきます」と、巡回監査についてもしっかりご説明するのです。もちろん、それでも自計化を渋る院長先生もいらっしゃいますが、粘り強く説得すれば大抵はご承諾いただけます。

渡辺 私は顧問契約の前に、とにかく時間をかけて院長先生の話を聞くことを心掛けています。というのは、いくら自計化のメリットをご説明してもすぐにはご理解いただけないケースもあるので、事務所が提供できる価値をお伝えする中で、自計化を勧めることが重要であると考えているからです。つまり、医科・歯科クリニックの場合は一般企業とは異なり、開業すればある程度の売り上げと利益が見込めます。ですから院長先生の関心事は、どちらかというと経営のことよりも、節税あるいは自分の財産をどうするかといったことが多い。
そのため、まず家族構成や誰がどのような不動産を持っているか、あるいは両親の職業など、経営とは直接的には関係ないことも詳しくお聞きします。そしてそうした情報も踏まえながら、院長先生が何に悩んでいて今後どうしていきたいのかを把握し、悩み事の解決策の一つとして自計化をお勧めしているのです。

M −BASTの数値を参考に目標設定と予実管理を促す

── 新規顧問契約の際は自計化が前提というお話がありました。具体的にどのように説明しているのですか。

加藤 私は『M−BAST』を活用しています。これには医療機関の経営数値の全国平均だけでなく地域平均まで収録されていますから、例えば新規開業の内科であれば「この地域の内科の平均値はこのくらいです。まずはここを目標にしていきましょう」と説明します。そして院長先生のイメージが明確になってきたところで「そのためにはMX2を導入して自計化した上で、予実管理をしていく必要がありますね」と話を持っていくのです。

── その際、MX2の機能面についても説明するのですか。

加藤 はい。例えば、診療報酬点数と患者数をきっちり入力していただくことで、仕訳連動で窓口収入の数字が出てきますし、何より院長先生自身が「今月は今日までで○○点、外来患者数が○○人だな」と常に把握できるようになります。それだけでも院長先生のモチベーションアップにつながりますから、そういったメリットもご説明しています。

渡辺 実は以前、安価なクラウド型の会計ソフトを試験的に使ってみたことがあるのですが、結局、毎月の数字が確定しないと何もできないということが改めて分かりました。MX2なら巡回監査を経て確定したデータをエクセルに切り出して加工し、経営に役立つ資料を作ることもできますし、何より、TKCシステムの前提である「帳簿を締める」ことの重要性を感じました。

院長夫人の心理的な負担を減らすことが自計化推進のカギ

── 植松さんはいかがですか。

植松 病医院の経営も一般企業の経営も、現状を把握し、今後の予測を立て、意思決定をするというプロセスは同じです。ですから、基本的には一般企業と同じように「院長先生が望む方向で経営し、また資金の管理をしっかりやっていくためには、数字で客観的に経営状況を把握する必要があります」とシンプルにお話しします。さらに自計化の先には、法人成りや節税の提案ができるようになるということまでご説明すれば、ほとんどの院長先生に関心を持っていただけます。

── 節税の提案というのは、具体的にどのようなものですか。

植松 例えば院長夫人が専業主婦だった場合、院長先生だけにすべての所得を帰属させるのではなく、夫人が事務長となりMX2を導入して入力を担当していただくことで、専従者給与を得ることができます。そうやって院長先生と夫人に所得を分散すれば、世帯として納める所得税が少なくなりますよね。
こうした提案をすると、必ずといっていいほど「妻は簿記を知らないけど大丈夫?」という質問をされますが、その時は「仕訳辞書という機能があり、簿記を知らない方でも簡単に入力できますので安心してください」とお答えしています。さらに、院長夫人ご本人にも「入出金欄に『分からない』という項目を作りますので、迷った時はそれを選んで処理してください」と不安を払拭します。
大切なのは処理が止まらずに入力していただくこと。ですから「これまで全部『分からない』で処理した方はいないので、ぜひ奥さまがその最初の方になってください(笑)」と冗談を交えて話すなど、とにかく取り組みやすい雰囲気を作ることを心掛けています。

── 院長夫人の心理的なハードルを下げることが大切だと。

植松 その通りです。院長先生には経営的な観点からご説明しますが、夫人については、いかにストレスを感じさせないようにハードルを下げるかということが、自計化推進のカギだと感じています。

「銀行信販データ受信機能」は自計化の強力な武器になる

──4月にMXシリーズがバージョンアップし、銀行信販データ受信機能が搭載されました。

渡辺 当事務所では、100件を目標に銀行信販データ受信機能の導入を進めています。私自身こうした効率化は大好きなので、どんどん進めていきたいと思っています。ただ、すでに経理がしっかりできている関与先からは「この機能を使わなくてもできます」と言われることもあります。またインターネットバンキングに対する信頼感が低いため、利用を断られたケースもありました。今後は、こうした誤解をいかに解消していくかが課題になっていくと思います。

植松 私の実感としては、院長先生が比較的若くて、奥さまが事務長として働いている、あるいは子育て中で忙しいという状況だと、ほぼ間違いなくインターネットバンキングを利用しています。クリニックや歯科医院の経理は一般企業に比べてイレギュラーな処理が少ないので、銀行信販データ受信機能とは非常に相性が良いはずです。
現在17件の関与先医療機関でご利用いただいていますが、何名かの経理担当者の方から「非常に便利になりました」という感想を聞いています。今後の自計化推進の強力な武器になるのではないでしょうか。

「医師は数字に興味がない」は誤解「自計化は発展への投資」と説明

── 私は副代表幹事として会員の皆さんに自計化をお願いする立場なのですが、自計化できない理由の一つとして「医師は数字には興味がない」ということをよく聞きます。皆さんはこの点についてどう感じますか。

植松 確かに以前は、特に年配の医師でそのような方が多かったのかもしれません。しかし最近は「どんぶり勘定でも問題ない」「税金が安くなればそれでいい」という方はむしろ珍しく、数字に対してきちんとした理解をお持ちの医師が多いというのが私の印象です。医師の意識も昔とは変わっているのだと、われわれの認識こそ改める必要があるのではないでしょうか。
医師はもともと理系なので、数字を分析するのは大好きです。数字で現状を把握することのメリットを論理的にご説明すればほとんどの院長先生にご理解いただけますし、実際にMX2を導入しタイムリーにデータを把握できるようになって非常に喜んでいる院長先生は多いですね。他にも、売上高などの財務項目だけでなく、患者ごとの単価の推移や初診患者の増減などの非財務項目について、増加していれば青、減少していれば赤で表示されるなど視覚的にも分かりやすいので、そうした機能も院長先生に好評です。

渡辺 私も「医師は数字に興味がない」というのは誤解だと思います。最初にお話ししましたが、私は常に「この院長先生の人生の課題は何か」という切り口から入り、それを会計とどう結びつけるかというアプローチをしています。そうした観点で詳しく話をお聞きしてみると、実は会計に関心がないわけではなくて、興味はあるけれども何から手を付けてよいか分からない、というだけなんですね。
院長先生の人生そのものを考えた時、人生を良くするということに興味のない人はいません。人生を良くするための手段と結びつけることで、当たり前のように会計に興味を持っていただけるはずです。

加藤 私が新規開業される院長先生と話をしてよく感じるのは、「記帳代行をしてほしい」というのは深く考えて言っているわけではないということ。例えば「知り合いの医師はみんな記帳代行を頼んでいる」とか、その程度の認識なのです。それに対してわれわれの方が勝手に「医師は数字に興味がないから、記帳代行で丸投げしたいのだ」と思い込んでいるだけのような気がします。
実際、私の経験では「どうしても記帳代行をしてほしい」と固執される方はいませんでしたし、「院長先生が数字を把握しておかないと、健全な経営はできませんよ」とご説明したところ、すんなり納得していただけたことの方が多かったですから。

植松 一番難しいのは、これまで他の事務所で記帳代行をしてきたところが、当事務所に移行してきたケースではないでしょうか。この場合は記帳代行が当たり前になっているので、自計化の意義を詳しくご説明する必要があると思います。
そうした場合、私は院長先生に次のようにお聞きします。「会計事務所に支払う料金は、『面倒な仕事を処理するための事務処理代』という捉え方と、『クリニックが発展するための投資』という捉え方があります。前者であれば単なるコストですが、後者は生きたお金の使い方です。院長先生は、大切なお金をどのように使いますか」と。
そうすると、大抵は「コストはできるだけ少なくしたい。生きたお金の使い方が望ましい」とおっしゃいます。ではどうすれば発展するのかを説明する中で、自計化をすることで会計を経営に活かせるようになることや、MX2の便利な機能などについてお伝えするのです。
さらに言えば、記帳代行の場合、院長先生が売上高等の経営数値を見たいと思った時、会計事務所という「ブラックボックス」に問い合わせないと出てきません。しかし自計化をしていれば数字は手元にあるので、知りたいと思った時にいつでも見られますし、経営についての理解を深めることができます。私はこのように自計化の意義をご説明することで「記帳代行が当たり前」という院長先生の意識を変えることができました。

AIが進化すれば記帳代行は消滅「自計化」以外に選択肢はないはず

── フィンテックやAI(人工知能)の進化といった環境変化は、自計化推進にどのように影響するとお考えですか。

渡辺 お客さまに自計化してもらうということは「では、あなたの事務所は何をしてくれるのですか?」と問われているのと同じこと。この問いにきちんと答えられなければ未来はない、というプレッシャーは常に感じています。これから5年先、10年先を考えた時、確実にAIが進化し、帳簿の作成は自動化されていきます。そうなると記帳代行の仕事はなくなりますから、自計化を推進して経営改善や保証業務など付加価値の高いサービスを提供することによって生き残るしかありません。

植松 渡辺さんの言うとおり、今後フィンテックやAIがさらに進化すれば、会計事務所の存在意義が問われることになります。少なくとも私自身は、単純な入力作業においてAIには敵いません。そうであれば、人間にしかできないこと、人間であるが故にAIに勝てることは何かを考え、そこに注力していかなければ、会計事務所の存在意義が失われやがて淘汰されていくでしょう。今は何とかやっていけるかもしれませんが、このまま記帳代行を続けていくリスクを考えると、自計化を推進しないという選択肢はないはずです。

渡辺 私は会計事務所の経営者という立場からも、記帳代行を続けるわけにはいかないと感じます。というのは、当事務所にも、やむを得ず記帳代行をしているお客さまが数件あるので、入力専門の職員がいます。しかし、今後経理処理が自動化されてしまえばそうした職員の仕事の価値が下がってしまい、最終的には給料を大幅に下げるか辞めてもらうしかなくなりますよね。それが分かっていながら記帳代行を続けるのは、経営者として私はしたくありません。職員に対する責任という観点からも、自計化の推進は避けて通れないと考えています。

「安心と納得の納税」を支援できるのは税理士だけ

── 今後自計化に取り組む会員にメッセージをお願いします。

加藤 当事務所が開業から関与をしている医療機関は、そのほとんどが数年後に医療法人化しています。つまり、経営が安定しており、後継者もいて、今後スムーズにバトンタッチができるということです。一方で、自計化できていない一部の医療機関については、業績が停滞したままです。つまり、自計化をすれば医科・歯科クリニックの成長につながるということは、当事務所での実体験としても自信を持って言えます。
関与先と事務所自身の発展のためにも、ぜひ自計化に取り組んでください。

渡辺 医師や歯科医師はご両親や親戚もみんな医師というケースが多いのですが、5年くらい前から関与しているある歯科医院を自計化し経営改善につなげたことで、ご親戚の歯科医師を全員ご紹介いただきました。そうすると将来的には相続対策などの話にもなってくると思いますし、事務所の収益面でも非常に大きなものがあります。
まずはできるところからMX2を導入し、メリットを感じていただくことが大切ではないでしょうか。

植松 節税を気にする院長先生が多いのですが、そうした節税相談を受けた時、私はこのように話をしています。「院長先生はこれから高額納税者になります。単に税金が多い、少ないということを気にしていたらきりがありません。大切なのは『納得できる納税』です。つまり、なぜこのくらいの所得になるのか、それについていくらの所得税を納めればいいのかが事前に分かれば納得できますし、何より安心につながるのではないですか」と。
やはり数字が何も分からず、1年の最後に所得税を計算した結果「○○万円納税してください」となれば、院長先生にとって不安しかありません。事前に所得税額が想定されていれば安心できますし、税額の根拠も分かるので納得できます。
院長先生の「安心と納得の納税」という観点からも、自計化というのは重要だと思います。

── 所得分散による節税の提案あるいは「安心と納得の納税」の支援は、われわれ税理士にしかできない仕事です。

ぜひ自計化を通じて、医療業界にわれわれ税理士の存在価値を示していきましょう。本日はありがとうございました。

(構成/TKC出版 村井剛大)